冷たい空気とスッキリとした青空が広がった丹沢・大山の麓。
第1回定例月会議に向けた準備の合間に山道を抜けて自興院へ。
「大地の再生活動」に関する講演を聞かせていただきました。
きっかけは8月末の大雨による土砂災害でした。
どのように災害復旧をするのか関係者が胸を痛めていたところ…
住職が造園技師・矢野智徳さんと繋がり復旧工事が始まりました。
今日は矢野さんの貴重な話をうかがいました。
以下、メモ。
土砂災害の原因は一概には答えられない。
植物がいい呼吸をするには、土の中の排水をしっかりとすることが大切。
水が通るということは、土の中の空気が動くということ。
土の中の空気の動きを分析する。
大地全体の中の空気の動き、水脈と空気の動きを追いかける。
空気が浸透することで動植物が元気になる。
ところが…
現代はコンクリート施工である。
1964年の東京五輪が契機になってコンクリートばかりになっていった。
人の生活は便利になったが環境破壊は進んだ。
生き物が多様性を失ったのと引き換えに我々の生活がある。
大地にひび割れて、空気や水が循環するのだが、現代社会はそうはなっていない。
コンクリートによって大地に空気が届かなくなり、健全な大地の脈が塞がれてしまった。
人間の身体ていえば血管がつまり血液が流れない状況。
「脈の改善」を図ることが「大地の再生」に繋がる。
研究スタートから10年後、阪神淡路大震災があった。
災害残債が出たら積み上がりのは何かがおかしい。
昔はそこにあるもので再生できた自然の営みがあったはずだ。
現代土木的な発想はやめて自然からの学びを再生させよう。
京都の神社にあるクスノキが枯れた。
再生したいが、どうにもならなかった。
国道の排水に問題があった。
役所は、半年後と言った。
「御神木が枯れたら、役所に対応してもらう」
と言ったら役所が大型重機と30名の職員で即対応。
するとクスノキは見事に再生した。
そこからの学びは…
どんな大きさのものでも循環を再生させたらいいということ。
阪神淡路大震災後の桜も再生した。
大型ダンプ108台の災害残債を戻して循環をつくる。
サンドイッチ工法ではなく、脈を繋ぎながら水と空気が循環するように施工をする。
「なぜ災害が起きるのか?」
明らかに人工的な開発があり、空気と水の循環がない。
流域から泥が流れ出してしまう。
表層地面の脈の改良をすると半年もすれば周辺は再生する。
胆振地震後の状況もコンクリートによってグライド壌のドブくさい匂いがした。
ガスが発生して植物も呼吸ができなくなる。
根が弱って雨が降った後に横揺れの地震が来た。
九州の球磨川が氾濫した。
高速道路の橋脚によって渦が発生することによって水が停滞、霧が発生するようになった。
風と水が橋脚に当たることで氾濫を招いた。
小さな所でも脈をつくることが大切。
昔の人たちは手作業で日常的にやっていた。
脈の循環的機能をつくる。
能登も同じ状況である。
河川の本流まで脈を繋いでいく。
根の構造にならった水脈整備をしていく。
直線的にやっては呼吸不良が起きる。
曲線は血管と同じなので曲げること。
空気や水が循環すると深層崩壊なども防ぐことができる。
流木を敷地内処理していくことで脈をつくる。
昔の人たちがしてきた災害復旧の方法を参考にしている。
その場所にとって必要なもの、大地に組み込まれているものを活用してつくること。
空気と水の循環を生むことが大切なんだなということ。
自然の中にあるものは必要な機能を果たしている。
「自然に人が寄り添う、気づかう」ことが大切。
動けない植物と動ける動物が協働する。
コンクリートは耐用年数が50年だが、原木の木杭は100年持つこともある。
皇居は生物多様性は東日本最大だが、八重洲周辺は最低である。
皇居の空間づくりが、まちづくりの原点かもしれない。
これからは人都合の国土強靭化をするのではなく…
地上と空気の循環をつくることで私たちの生活を守る必要性があるのではないか。
昔の大和人は、痛まず汚さずに地域をつくった。
森の神に「教えてください」と聞くこと。
「杜」という和語→土木
観察は自然を中心にする。
風土を大切にするということは、どういうことなのかを考えること。
脈の循環機能を再生させる。
「大気と大地と水」が地球を巡っている。
気脈、地脈、水脈が回り続ける。
世界の中心に日本列島はある。
自興院の裏は、なぜ崩れたのか。
隠極まって崩壊。
流木土砂で新たな脈をつくる。
だんだん、清流が戻ってくる。
もともと本来の脈の機能を考えながら建立されてきた歴史がある。
自然の状況を見つめながら、限られた時間の中で再生活動に取り組む。
点で考えず流域で考えること。
以上、学び多き2時間でした。
「循環」
大切にしたいと思います。
関係者の皆様、ありがとうございました。
