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「安曇野」平和を願わないではいられない花

安曇野という薔薇がある

雨の休日、安曇野という花を観察してみました。

これ「つるバラ」なのですが、その花は可愛らしく何とも愛らしい姿です。

花付きもよい品種のようで、たくさん咲いてくれます。

ところで、なんで「安曇野」という名前がついたのか…

そんなことも気になりますが、よく分かりません。

「のぞみの子どもですよ」

そんな記事を見つけたので更に興味が湧いてしまいました。

「のぞみ」って人の名前だよね?

英国王立園芸協会の「アワード オブ ガーデン メリット」を受賞した、日本で唯一の品種としても知られ世界中で栽培

なるほど世界的にも有名な品種であることも分かった。

それにしてもなんで「のぞみ」なんだろう?

さらにググってみたら何ともいえない悲しい気持ちになってしまいました。

「バラになった少女」名前の由来
名前の「のぞみ」の由来は、作出者の小野寺透氏の姪御さんの御名前です。戦後、満州から引き上げるときに祖母と母を亡くし、一人日本に向かう列車内で亡くなった3歳の女の子の悲劇の物語を、後にバラの作出を手掛けられた小野寺さんが「バラになった少女」と手記でお書きになっておられます。平和を願って名づけられた可憐なバラは、今では世界中で咲き誇っています。

のぞみの育て方 | | 篠宮バラ園

そんな悲しい出来事が名前をつけた背景にあるんですね。

その「のぞみ」の子どもということは、何かと掛け合わせているはず…

さて「安曇野」は埼玉薔薇会の小野寺透さんという方によって作出された薔薇だそうです。小野寺さんは地質学者で山好きの友人から安曇野の素晴らしさを聞き、その風景をイメージして、アルプスを望む田園風景や白壁に映える可憐な姿の薔薇をローラ・アシュレィとのぞみを掛け合わせて作出されました。
こののぞみには心に残るストーリーがあります。
平和と家族の幸せを祈念して作られたのぞみ。その娘「安曇野」

Rosa Vita 安曇野ばら色の暮らし | 家の時間 自分らしい住まいと暮らしを見つけるウェブマガジン
 梅雨の晴れ間の木々の緑は瑞々しく輝き、家々の庭が薔薇で彩られ、あちこちでOpen Gardenのニュースを耳にするようになりました。日本の中では比較的英国に似た冷涼な夏(最近はそうは言えなくなりましたが・・・)と冬の雪の少なさや日照条件の良さから薔薇の栽培に適していると言われるこの地域。なんと「安曇野」という名前の薔

そうか…

ローラ・アシュレィの画像を見て納得です。

さらに「のぞみ」というバラの命名について詳しい物語を見つけました。

このバラには「バラになった少女」の悲しいお話が隠されています。

第二次世界大戦の頃、埼玉県に牧師夫妻が住んでいました。
もうすぐ初めての我が子の顔を見られるというときに、牧師は南方の戦地ガダルカナルへ出征し、生まれてくる我が子に「のぞみ」という名前を残しました。

生まれてきたのぞみちゃんは女の子、女性だけの家族になってしまったのぞみちゃん一家は満州の知り合いを頼って中国にわたります。

やがて終戦、3歳になったのぞみちゃんは、おばあちゃん、お母さんと一緒に日本へ引き上げてくるのですが、旅の途中おばあちゃんとお母さんを相次いで亡くし、のぞみちゃんは周囲の人々に助けられながら二人の遺骨を抱いて日本へ帰ってきます。

そして品川駅にあと2時間で着くというときに、ついにのぞみちゃんも力尽きて亡くなってしまいます。

品川駅にのぞみちゃんを迎えに来ていたのは、九死に一生を得、南方から無事帰国することが出来たのぞみちゃんのお父さんと、のぞみちゃんの伯父に当たる小野寺博士でした。

小野寺博士はアマチュア育種家として、数々のバラを作出しました。
1968年、博士が最初に作出したバラに「二度と戦争を起こしてはならない。」という思いを込め、「のぞみ」と名づけました。

安曇野ローズコテージ奮戦記 : のぞみ

あまりにも過酷な運命。

なんだか心臓をえぐられるような悲しい気持ち…

ボクは小さな子どもたちと接する機会が多い。

自分の子どもたちは大きくなったけど、もうすぐ3歳になる孫もいる。

ほぼ同じくらいであろう小さな子どもが愚かな戦争の下で命を落とす。

そんなことってあっていいわけがない…

やっぱり平和な暮らしの下で子どもたちの笑顔を見ていたい。

そんな思いを胸に「安曇野」を眺めていたいと思います。

人間の愚かな行為によって花が踏みにじられたりしてはいけないよね。

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