みんな同じに見えちゃうのはどうして?

今日も蒸し暑い一日となった丹沢・大山の麓。

早朝は雨がザーッと降って庭の花たちも嬉しそうでした。

近づいてパシャリとやってあることを思い出しました。

「自然界には同じように見えていても、全く同じものは絶対にない」

工場で精密に作られたものであっても本当は難しいのではないでしょうか。

同じものはデジタルの世界にしか存在しない。

みんな本当はアナログなんだと思うのですが…

「子ども」とか「○年生」とかで括ってしまう。

それはそれで必要な時もあるかもしれませんが…

よくよく考えれば立派な一個人なんですよね。

「○年生だから、まあだいだいこんな感じでいいかな」

そんなふうにザックリとした感覚で教壇に立っていた時代はあります。

でも…

サッカーの現場や学校で多くの子どもたちと出会って変化が生まれた。

「一人ひとりは全くちがう」

というようなことに気づくわけです。

そこで個別に対応しようとしたらカオスになりました。

そりゃあそうです。

40人ほどの子どもたちと個別にやり取りしていたら時間が足りません。

だから…

まとめて考えることで自分を誤魔化してしまっていたんですよね。

管理しやすいようにコントロールしようと力んでしまっていた。

ということで…

「まあ、うちのクラスはこんな感じ」

とかザックリとまとめてしまっていたんだなあ。

でも…

サッカーの指導者講習会とか、イエナプランとの出会いによって気がついた。

「やっぱり一人ひとりはちがうんだ」

それから今でいう個別最適な学びや協働的な学びを模索した。

結果として大日向小学校の創設にも関わることができた。

そこでも理想の児童像や教師像が重くのしかかったけれど…

やっぱり誰にでも「一人ひとりの物語がある」ということを痛感した。

みんな同じように見えてしまうのは、自分が楽をしたいからのかもね。

花を眺めながら、そんなことを思い出した火曜日でした。

チャレンジは続く…

桑原 昌之

スポーツ、教育、暮らし&まちづくりなど自由気ままに。
教育研究家・秦野市議会議員
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