日が落ちてグッと寒くなった夕刻に列車に揺られて伊勢原駅へ。
年末ということもあるのか乗客もまばらで駅も閑散としています。
北口を歩くこと10分ほどで伊勢原神宮近くにあるレストランに到着。
ドキドキしながら入店すると卒業生たちの笑顔が待っていました。
2002年度の卒業生は105名、そのうち参加してくれたのは40名超。
よくこれだけ集まったものです。
聞けば5名の幹事さんがSNSなどを駆使して情報を拡散したのだそうです。
どうしてもSNSで繋がらない人にはポスティングしたのだとか。
思い起こすと、彼らは大田小学校変革期の真っ只中にいた小学生でした。
まずは、クラス替えが1年ごとに変更となったこと。
「クラスの壁を壊して学年全体で子どもたちと関わろう。」
「子どもたち同士の関わりも増やしていこう。」
そんなコンセプトで持ち上がりだった従来のスタイルを捨て去りました。
さらに、できる限り交換授業を実施。
必ず、他のクラスの授業にも3人の担任が関わるようなスタイルを取り入れます。
例えば、ボクは体育を3クラス全て受け持つ。
隣のクラスの担任は音楽と書写を持って、もう一人は社会を受け持つ。
そんなふうにして、お互いの顔が見えるようになっていったのでした。
そして、日光修学旅行から清里自然体験旅行へとスイッチ。
「総合的な学習の時間の充実」を旗印に喧々囂々の議論を重ねた結果の変更。
自分たちで選んだプログラム体験を通して様々なことにチャレンジ。
そこにもクラス毎などという概念はなく「ごちゃまぜな場」がありました。
夜は6つのペンションに分宿。
そこでも特徴を持ったオーナーさんたちと出会います。
もちろん、何もなかったというわけではありません。
普通に喧嘩もするけれど何だか居心地のよい学年でした。
それもこれも引退間際だった大ベテランの学年主任さんの存在が大きい。
とにかく学級よりも学年という概念を大切にしていた先生です。
そんなわけでボクの当時の口癖も「コミュニケーションが大切」
ただただ突っ走っていた35歳頃のボク…
いろんなチャレンジができたのも根底に流れるコンセプトがあっからでしょう。
そんな中で一緒に過ごしてくれた卒業生は28歳になる学年。
大人になったのに当時と変わらぬ空気感。
変わったことといえば、お酒を飲めるようになったこと。
そして、みんな大きくなった。
「子どもの頃は先生って感じだったけど何だか友だちみたいだよね」
という言葉が何とも嬉しい。
大人になるってそういうことだ!
みんな仕事に就いていて医療、福祉、営業、教育、研究と様々な分野で活躍。
それぞれ幸せに毎日を送ってくれたらいいなあ。
「きっとこの先もいろいろある。今日、来られなかった仲もいる。今この瞬間に悩んでいる仲間もいるかもしれない。この先に辛いことや困ったことに直面することもある。でも、そんな時はみんなで支えてあげてほしい。」
自分の体験をもとにメッセージを御礼として述べて終了。
集まってくれた卒業生の皆さんに感謝!
ボクもまだまだ頑張れそうです。