子どもを支える大人が笑顔になる【STC2022】

「教育」から「共育」への転換

教育から共育への転換

雨が落ちてくることはなかった木曜日。

今日の3、4校時は「国語」と「算数」

3時間目「国語」4時間目「算数」ではなく…

イエナプランでいえばブロックアワーのような時間です。

「11:45から12:00までは全体でやるからねー」

「なにすんの?」

「一つの花、最後の感想を書くための確認」

「了解!」

ということでスタート。

算数を始める子もいれば、国語を始める子もいる。

算数は「折れ線グラフ」をやっている子もいれば「角」をやっている子もいる。

進度がズレていても誰も気にしなくなった。

教科書を開いている子もいればドリルを開いている子もいる。

そしてタブレット上の問題を解く子もいる。

それぞれが違っていても誰も何も言いません。

これが普通だから…

そして、誰ひとり暇そうにしていない。

「これ分かんないだけどー」

困っている子がいたらスッと手を差し伸べる子たちがいる。

「どれどれ?」

なんて具合に自然に子どもたちが集まっている。

まだまだ課題はあるけれど、子どもたちが見せてくれる「共育」の世界です。

そんな姿を見ていると「教育」って言葉を捨てたくなります。

「教育」
教えて知能をつけること。人の心身両面にわたって、またある技能について、その才能を伸ばすために教えること。

たしかにみんなで確認する基本事項はあります。

でもそれって…

教え与えることじゃないなあって思う。

「教育する」とかいう言葉には主従関係があるように思う。

先生が上で子どもたちは下にいる。

「先生の言うことはきちんと聞きましょう」

これは間違いではないけれど使い方を間違えるとよくないって思うし…

ボクら教師の役割は「共に育つ場をつくること」

そしてボクらも子どもたちによって育てられる。

ということでやっぱりボクは「共育者」でいようと思います。

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