それが愛ってもんじゃないのかい?

目の前にいる子どもたちを愛しているのか?

珍しく首が痛かった朝。

よほど力が入って眠っていたのかもしれません。

何も眠るときまでファイティングポーズなんていらないでしょうに(笑)

さて…

目の前にいる子どもたちをどう捉えているのか。

教室で見てきた子どもたちは先生たちが本当はどう思っているのかを見事に察知します。

別に難しい話ではありません。

「この先生、本当にボクらのことを愛してるんだろうか?」

その一点につきるのです。

口ではいくらでもカッコいいことを言えちゃう。

なんせ先生ですから…

それっぽく見せることなんて簡単なのかもしれません。

「みんなに任せるからさ、やってみて。先生は信じてるよ。」

なんて言ったのに、何か上手くいかないと交通整理をしてしまう。

カオスになったときに、そこから子どもたちがどう考えて行動していくのか。

そんな楽しみを安易に奪ってしまうことがあるものです。

どうして、口先ばかりになってしまうのか。

いくつか原因があるようです。

まず、結論を急ぎすぎること。

子どもたちはカオスの状態から、あれこれと考えて課題解決を試みます。

それは何度も何度も繰り返されるのです。

そこが分からなくて子どもたちの理解者ぶっていた若かりし頃のボク…

子どもたちが何とか自力で頑張ろうとしているときに待てずに口を挟んでしまう。

「みんな良い感じだねー」

「でも、今、こんなふうに混乱しているねー」

「じゃあ、こんな方法とあんな方法があるんじゃないのかなー」

なんていう具合に、子どもたちが考えていたはずのことを整理し始めてしまう。

結果…

子どもたちは見事に忖度するようになっていくのでした。

「あ!先生はこうしてほしいわけだね。」

「じゃあ、こうすればいいよね。先生がこう言っているんだから。」

なんてことになって一旦は収まった感じになりますが…

あっという間に元通り(汗)

もう一つ…

子どもたちのカオスの状態を整理する力があると思いたいってこと。

それが厄介な話で…

実はトップダウンで子どもたちが落ち着いた感じになって酔ってしまう。

そんな時に教師としての有能感を持ってしまう。

ところが…

やっぱり、子どもたちの本質は変わっていない。

こちらに合わせてくれているということが後で分かってショックを受けます。

ホントにいろんなことがあったなと反省することが多いのですが…

何よりも大切なことがありました。

「目の前にいる子どもたちのことを愛しているかどうか?」

人を愛するってことは、人によって感覚が大きく違いますが…

子どもたちは、本当によく見ているのです。

「この先生、ホントにボクらのこと愛してる?」

って感じで…

どんなに授業が下手だって子どもたちに愛情を注げる先生がいる。

どんなに授業が上手くたって自分に酔っているだけの先生もいる。

目の前の子どもたちが困っていたら…

自分たちの都合なんて二の次で…

「ああ、この子を幸せにしたいなあ。」

って思いたいものです。

「それが愛ってもんじゃないのかい?」