子どもたちの成長の種も自然に飛んでいく。

タンポポの種が飛んでいく

昭和世代なので10月10日といえば「体育の日」だったことを知っています。

1964年東京五輪の開会式が行われた日。

紅いブレーザーを来た日本の選手団が国立競技場に入ってくる映像は有名ですね。

残念ながら生まれていないので、その興奮を生で味わうことは叶いませんでしたが…

それでも…

「10月10日は身体を動かそう!」という信号がインプットされています。(笑)

ということで朝から大日向をノンビリと走ってきました。

気温もちょうど良く、秋を感じる空気感が心地よい朝ランでした。

さて…

走り終えて歩いていたらタンポポにピントがあいました。

同じ場所なのに既に旅立っている種もあれば残っている種もある。

バーッと一斉に飛んでいけばいいのに、そういうわけじゃないんですよね。

「どんなタイミングで飛んでいくのかなあ。」

「準備ができた種から風に吹かれていくんだよなあ。」

「子どもたちだって、自分のタイミングで飛んでいく瞬間があるはずだよなあ。」

植物学的な話は置いといて、教育学的見地から考えてみました。

「君たち、そろそろ飛んでいく時間だよ。さあ!みんなで飛んでいくんだ!」

なんてことになったら子どもたちは混乱するでしょう。

「いやいや、先生、ちょっと待ってくれ!ボクはまだその段階にはないよ。」

「私も、まだ準備完了していないよ。だから、一気に飛ばさないでー!」

って声が聞こえてきそうです。

みんな揃って同じ時間だけの授業を受ける。

同じだけやったのだから、みんな理解していることにしちゃって進めてしまう。

理解できていなければ、宿題にしたり放課後に残したり、休み時間を潰したり…

そうそう…

若かりし頃のボクは、そんなことを平気でやっていた。

「もう○年生なんだから、次いくよ!」

なんて子どもたち一人ひとりの状況なんて軽んじていた時代。

本当は苦しくて仕方ないのに、進めていくしかないと思っていた残念な頃です。

ありがたいことに…

スポーツの世界からの学びやイエナプランとの出会いがボクの立ち位置を変えてくれました。

「個からはじめよう!」

子どもたち一人ひとりには、得意不得意があるし学びのペースも違う。

そう、タンポポの種と同じで飛んでいくタイミングってのもある。

そんな一粒一粒の種を見守るような感覚は、とても大切だと思うのです。

よーく観察した上で個別に…

「機は熟した!さあ、行ってみよう!」

ってことならOKなんだと信じています。

子どもたちの成長の種をしっかりと見守るような学校を創りたいものですね。

そのためにも強靱な身体は必要!

じゃあ、筋トレもしておこう!