【発売中】「どの子も輝く教室のつくりかた」

大切なことは小さな声で。

大切なことは小さな声で伝えよう。

困ったことが起きたら体育館へ集合。

「おい、また誰か何かやったのかよ?」

仕方なく体育館へ行くのだけれどガヤガヤとうるさい。

「静かにしなさい!」

マイクを持った先生が叫び続けてようやく静かになる。

そこから生徒指導主任に延々と説教をされるという昭和。

テレビでは金八先生とかスクールウォーズが放映されいたボクが中高生の頃の話です。

そんな時代を過ごしたボクが教員になったのは平成の初め頃…

当然、大声で叫ぶことがモデルになっていたわけなので子どもたちをしめる。

「うるさい!」

「いい加減にしろ!」

「ちゃんとやれ!」

とバリバリ体育会系のボクが叫べば子どもたちは一瞬にして黙る。

そこから延々と説教をするなんてこともあったわけです。

でもね…

これが完全に逆効果だったのを知るのに時間はかかりませんでした。

一瞬は何事もないように静かになるのだけれど、すぐに忘れ去られている。

よって、また説教という悪循環。

そりゃあそうです。

大声だと注意は引くのだけれど内容は入らない。

大声を出すのは、ただ注目を集める行為であって中身を提示するわけでもない。

下手すると先生という権威を振りかざすだけになって泥沼化することも。

長年、学校現場にいて多くの教師モデルを見てきた中で尊敬する先生がいます。

よく飲みに連れて行ってもらった先輩は子どもに寄り添うことが上手な人でした。

「お前、熱いな!すげーよ。でもな、あんまり怒鳴るな。」

そう言われ続けていたボクは少しずつ怒鳴ることをやめるようになります。

その先生の風貌はボクより確実に怖いのだけれど柔らかい空気が流れる教室。

「大切なことは小さな声で。」

これがポイントでした。

そして、課題を抱えた子どもたちと一人ひとり丁寧に寄り添う。

ちゃんと伝えたいことは小さな声で諭すように話す。

みるみる子どもたちの表情が優しくなっていく。

その先生の佇まいは神様のようだったことを思い出します。

もちろん、危険なことや絶対にいけないことは大声で注意することはあります。

命に関わるとか大ケガの危険があるとか…

先輩のクラスの子どもたちは日を重ねるごとに自分からどんどん動く。

「ボクらは何を目指しているのか?」(機能)

「それをすることで、どんな気分になるのか?」(情緒とか感情)

そんなマインドみたいなものも少しずつ浸透していく。

ちょっと極端かしれませんが…

「大きな声で怒られるから行動するのか?」

「小さな声で共に考えることで納得しながら行動するのか?」

どっちがいいでしょうね?

教育でもスポーツでも子育ての現場でも同じ答えが返ってくるのでは?

大日向小学校のグループリーダーの皆さんは若い頃の怒鳴るボクとは大違い。

一人ひとりに寄り添うって手間も時間もかかるけど子どもの成長に欠かせない。

そして、高性能自立型エンジンを搭載した大人へ成長する声かけのポイントは…

「大切なことは小さな声で。」

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