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「みんなに やさしく」ってむずかしい。

みんなにやさしく

今日は気温低めという火曜日。

朝から晴れ間は見えてもピーンと空気は冷たい。

やっと冬が来たかなっていう感じがしました。

放課後、こんな本をパラパラとめくる時間がありました。

舞台は学校です。

とある女の子の目を通して「やさしさ」について考えることができる絵本。

「やさしく」って、いったい どういう こと なんだろう。

ほんと、どういうことなんでしょうね。

「やさしく」っていうのは、なんだろうか。

恩着せがましい「やさしく」になってしまうこともある。

「やさしく」ってのは、逆効果だなんてもこともある。

「やさしく」って たぶん だれかのためにすること。

そうだよね。

「だれかのためにすること」なのであって「自分のためにすること」じゃないよね。

「やさしく」する自分に酔ってしまうなんてこともあるし…

「やさしく」の押し売りを受けることもある。

それでも、やっぱり「やさしく」ってのはだれかのためにすることだよね。

「やさしく」って、かんたんな ことなのかもしれない。

たしかに「名前」を言うっていうっていうのは大切だよね。

モノではなくて相手を、ちゃんとひとりの人として認めているもんね。

それが 「やさしく」っていう最初の一歩ならできるかもしれない。

でも、「やさしく」するって むずかしい ときもあるなあ。

そうだねえ。

「やさしく」がむしろ残念な方向へ行ってしまうことがあるよね。

ただ単に秩序がなくなってしまったり、自分でできることを制限してしまったり…

いろんなことが起きるからねえ。

みんなが 「やさしく」ないとき ともだちのために ゆうきをだすって ほんとうにむずかしい。

これは本当に厄介で、「やさしく」を伝えたいけれど言葉が出ないときがあるんだよ。

「今のキミはこうなっているよ」って素直に伝えることだって難しい。

「言ったら嫌われるんじゃないか」とか、いろいろと考えちゃうもんなあ。

わたしには ちいさな ことしか できない かもしれない。

そうだね、まずは小さな一歩を踏み出すことかな。

人に対してじゃなくてもよくて、それが庭に咲く花にだっていい。

そっと水やりをするとかね。

人それぞれで、なんでも良いんだよね。

わたしたちの おおきくなった 「やさしく」は がっこうから あふれだして・・・

そうだなあ。

大日向小学校の「やさしく」も少しずつ大日向地区や佐久穂町へ広がるといいよね。

「あふれだして・・・」っていうくらいに学校の中にある「やさしく」は満たされている。

やっぱり、そこにはリスペクトが大切でしょ。

せかいじゅうに ひろがるの。

そうね。

いきなりは広がらないけれど、長年かけてジンワリと「やさしく」が広がると嬉しいよなあ。

この地点からジンワリと広がる感じだといいなあ。

わたしのところにも もどってくる。そして わたしは また 「やさしく」なれる。

そうそう、これ不思議にも自分にも戻ってくるのです。

そして、それは何度も何度も訪れます。

「やさしく」されると、もっと「やさしく」したくなるよね。

なんどでも。 また、ほほえみあうようになるの。

そうそう…

「やさしく」って、とても難しいけど

「子どもたちの笑顔」を見るために毎日を過ごしている。

ということで…

おやすみなさい。

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