春休みなのでサッカーの本でも読もう(笑)
サッカーが好きだから仕方ないというだけではありません。
ボクにとって理解しやすいことは、サッカーやバレーボールの世界にあるからです。
主語を置き換えれば、学校現場に繋がることは多々あります。
大いに参考になるというわけです。
いつも「自分たちのサッカー」をするためには「自分たちのサッカー」に相手を含めておかなければなりません。
こんな文章ががページをめくって早々に出てきます。
ここで大切なのキーワードは「相手」
「自分たちのサッカー」ではありません。
学校でいえば、相手の多くは子どもたちですね。
「自分のサッカー」は「学校のスタイル」でしょうか。
「自分たちのサッカーって何だろうか?」
そんな疑問を抱いたことがあります。
ドリブルが上手いとか、パスが上手いとかチームによって特性が出ます。
「○○スタイルだから、それだけでいいよね」
そんな風潮もありました。
はたして、そこには相手はあったのかというと、正直言って怪しいです。
学校でも同じようなことはありました。
「○○スタイルだから、こうしましょう」
あらかじめ決まったスタイルがあって、そこに子どもたちを当てはめる。
一人ひとりの子どもたちは違うのに?
「○○スタイルなので、この優れた問題集を使います!」
某国立大学付属小学校で愛用されていた問題集を導入する。
「そんな難しい問題集をやらせている私はすごいでしょ」
というような感じになってしまっていた例を見たことがあります。
そこには、子どもたち一人ひとりという観点は見られません。
「あの子には無理だよねー」
なんて軽々と口にする姿もあって「おいおい!」となりましたけども…
「はじめに子どもありき」
とはよく言いますが…
「はじめに子ども(一人ひとり)ありき」
ってことを忘れてはいけないよなあって思います。
何をするにも「相手を見て」
さらに言えば、「相手をよーく観察して」ことに当たりたいものです。