ただそこにいるだけで。

冬の森はいろんなものが見える 暮らし

すっかり冬の空気に包まれるようになった丹沢・大山の麓。

朝も顔が冷たくなるほどに寒さを感じる。

まだ顔が痛いほどには寒くないけれど。

日の出時刻の少し前に朝の散歩に出かけて近くの山へ。

鳥たちが朝の挨拶がわりにピーピーと鳴く(警戒している合図だよね)

この時期の森は落葉も進み枝がよく見える。

あちらこちらに鳥たちがいる。

ヒヨドリ・セキレイ・ジョウビタキなどなど…

よく見たらヤマドリもあちらこちらでジーッとしている。

この時期にしかいない鳥たちもいるのも楽しい季節。

あっちの枝からこっちの枝と鳥たちは飛び回る。

夏場には動きが全く見えないのに冬場はよく見える。

見えなかった部分が見えるようなった冬の森も楽しい。

そんな森を眺めつつ歩いていたら「価値」という言葉が降ってきた。

なんだか息苦しい世の中だよね。

多様性が大切だと声高に叫ばれながらも個性が封じられる時代。

「できる」「できない」という相対評価で人を価値づける社会は息苦しい。

分かりやすく言えば「100点を取ったら素晴らしい子で30点だったらダメな子」

ちっぽけな評価指標で生きなければいけないの子どもたちは辛いよ。

本当はそんなことはないのにね。

「いやいや、それって受験戦争の時ってもっと酷かったんじゃない?」

なんて言う人たちもいるでしょうが、どうも昭和の方が緩やかだったような。

「俺はさ、勉強できないから、こっちで頑張るわ!」

そんな友だちがいっぱいいた。

だから、一人ひとりがもっとリスペクトされていい。

森に佇む樹木たちは特に何かを主張しているわけでもない。

ただただ、そこに根を下ろしているだけで価値がある。

太くて大きな根を張り、時には虫や鳥たちの隠れ家になり、森の栄養になっている。

それでいて特に何かしら主張なんてしない。

「どうだ!俺はこんなに大きな木なんだぞ!お前らのために生きている。すげーだろ!」

みたいなことは言わない。

翻って人間界を見ると鬼の首を取ったような言説ばかりが溢れている。

みんな秘密警察のようで何だか怖い社会だよね。

結局、誰かと比較して相対評価で人を見ちゃうからおかしなことになっていく。

子どもたちだって、大人だって…

ただそこにいるだけで価値があるんだよ。

そんなことを思う冬の一日。

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