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一冊の本と旅の記憶

旅の窓から何が見えるだろうか?

立っているだけで玉のような汗が流れる金曜日。

丹沢・大山の麓へ相模湾からの湿気が流れて蒸し暑い。

いつもなら弱冷車を選ぶのだが今日はやめておいた。

小田急線で新宿へと向かう車内で久しぶりにページをめくった本がある。

右ページには400字ほどのエッセイ、左ページには一枚の写真が遠慮がちに掲載されている。

「深夜特急」や「旅のつばくろ」などと同様に目の前に情景がバーッと浮かんでくる。

と言ってもそれは文章から感じ取ったボクの脳が想像したものだが…

夏休みといえば鉄道に乗って旅に出る。

毎年のように繰り返されたのが子どもの頃の記憶だ。

その記憶のスタート地点は不思議なことにいつだって上野駅だ。

こんな記憶が蘇ってきた。

家族で列車に乗り込んだと思ったら父はホームへ出て行ってしまった。

気がついたら窓の外でニコニコと手を振っている。

一緒に行くと思っていたのかボクは大泣きしたことを覚えている。

母の実家がある会津へ向かう日のことだった。

ボクと弟はいつだって窓側に座り、ずっと外を見ていた。

黒磯駅に停車すると窓越しに弁当売りの人たちがやって来た。

窓を大きく開けて陶器に入った釜飯を買う。

列車は郡山を経由して磐越西線を登っていく。

いくつかトンネルを越えると磐梯山が見えて来る。

不思議なことに車窓の右に見えたり左に見えたりする。

日橋川のダムが見えると会津若松は近い。

駅に着くとそこにはいつも大柄な祖父が待っていた。

徒歩で着いてしまう母の実家には小さな祖母が待っていた。

殻になった釜飯の陶器を池の横にある水道の下に置いて家に入る。

あの玄関の匂いが懐かしい。

ボクの大好きな夏休みの記憶である。

さて、夏休み。

子どもたちには旅を大いに楽しんでほしいと思う。

もちろん、遠出するだけが旅じゃない。

近所にも見たことのない光景があるはずだ。

初めて見る風景を見たときの感動を大切に。