子どもたちを目の前にして、一生懸命に授業をしていた頃がある。
週案に書かれている通りに授業を進めないといけない。
そんなプレッシャーもあった。
だから子どもたちの状況を置き去りにしてガンガン進めてしまう。
課題が終わらない子は休み時間に続きをやる。
それでも終わらなければ宿題になる。
今考えれば過酷な話だ。
ボクの酷い授業のおかげでテストの平均点が他のクラスより低かったら困る。
そんなこともあって何度も何度も漢字練習や計算練習をさせたこともある。
おかげでテストの点が上がった子もいたが失ったことも多かったと思っている。
担任として経験の浅いボクに足りなかったことはなにか?
一言で言ってしまえば「ボクのクラス」だった。
子どもたち一人ひとりが教室で何を感じていたのかを理解していなかった。
「くわちゃんのクラスの子たちはよく動くね」
そりゃそうだ。
体育会系のノリが抜けない若者が担任しているんだから。
「いいか!こんな時はこうするんだぞ!わかったかな?」
「はーい!」
いつも明るく元気なだけのクラスを目指していた。
子どもたちが笑顔で毎日を過ごしてくれたらいいとは思ってはいたはずだ。
でも何かが違っていたのだ。
「このクラスにいるのだから○○でなければならない」
というようなボクのクラスにとっての理想のクラス像があった。
「授業方略」
当時の職員室でよく使われていた言葉だ。
分かりやすい授業をするためにエンタメ性も取り入れて授業をつくる。
まだOHCがあった。(今の先生たちは知らないよね)
Windowsが登場してテレビに繫いで教材を写した時代でもある。
まだ職員室も余裕のある頃で空き時間に他の先生に授業を見てもらっていた。
「授業の流れはどうだったか?」
「板書は適切だったか?」
「分かりやすい教材を使っていたか?」
いろんな視点でフィードバックをもらっていた。
そうして様々な授業の技を身につけていくについれて違和感が膨らんだ。
いつしか子どもたちと「できる」「できない」で見るようになっていた。
職員室でも「できる」「できない」で評価される。
「あのクラスは凄い!」
「あのクラスはダメだ!」
なんて会話が平気で飛び交っていたのだ。
「お前のクラスは全然ダメだ!」
そんなことは言われたくないので更に子どもたちに負荷をかける。
何かが起きると説教が延々と続くなんてことがあった。
きっと長々と説教されたことしか子どもたちの頭には残っていなかったと思う。
振り返ってみれば多くの反省点があり恥ずかしいことばかりだ。
「お前な!もっと子どもたちに浸れ!」
「お前が語り続けてどうするんだよ!」
「教室は子どもたちとお前のものだけど、子どもたちが先だぞ!」
尊敬する先輩は居酒屋のカウンターでボクに生ジョッキを片手に語ってくれた。
「教えてやるとかいう上からはやめろ!」
「いいんだよ。教師にならなくて…」
「くわまんでいろ!くわまんで!」
それから、少しずつ教えることを手放して教室の姿が変わっていった。
長いことを時間をかけて行き着いた教室の姿が今日の画像。
ここに至るまで何があったのか、この教室で学んだことは何か。
改めて書いていこうと思う。