「それリスペクトないじゃん!」【ベンチのある教室】

みんなが輝く教室になるといいね

グッと冷え込んでいるような気がしてカーテンを開けました。

でも、今朝は霜もおりていないし大地も凍り付いてはいません。

昨日までが暖かすぎたのでしょうね。

そして、いつものように珈琲を淹れて考える時間を過ごします。

ここの所「教室の在り方」に関することを考えています。

子どもたちが自立してガンガン行動する「高性能自立型エンジン」を搭載するためには…

「安心してチャレンジできる場があること」も大切ですよね。

そして…

そこには応援してくれる人たちの存在も必要になります。

「ねぇ!教えてほしいんだけど」

昨日の記事で登場した「私の人生に逆上がりは必要ない」という女の子の話。

しばらく考えていましたが、鉄棒の得意な子の所へ歩み寄りました。

きっと勇気もいることだったと思いますが…

「ねぇ!教えてほしいんだけど」

とお願いをして得意な子のレクチャーを受け始めています。

「何が怖いかな?」

「そもそも、ぶら下がるのも好きじゃない。」

「じゃあ、これってどうかな?」

ボクは、教えてあげている子たちの問いかけに感心しながら眺めていました。

そのうち、二人でやって来ました。

「コツみたいのある?」

「うーん…そうだねえ。じゃあ、みんな集まろうか。」

身体の構造と動きの関係性みたいなことを話しておきました。

「こうやればできるよ!」

と教えてしまうことは簡単なのですが、身体のメカニズムを知ることの方が重要ですよね。

「これって、どんな状態?頭はどこにある?足を振るとどうなる?」

そんなことをみんなで観察しながら考えます。

おっと、話を戻します。

「そんなこともできないのかよ。ダッサ…」

鉄棒とかマット、跳び箱なんかをやると決まって聞かれた言葉です。

「空中逆上がりできるもんね。」

「ハンドスプリングできるし。」

「8段なんて簡単じゃん。」

みたいな得意な子たちの自信の影に隠れて苦手な子は苦痛で仕方がない時間。

そんな時によく聞かされた言葉です。

これは、何も体育の時間に限りません。

音楽でリコーダーが吹けない。

図工で絵が上手に描けない。

習字の毛筆がままならない。

算数の計算ができない。

国語の漢字が頭に残らない。

でも、少しずつ子どもたちはそんな言葉を吐かなくなります。

むしろ、できないことも楽しんじゃうくらいのように見えました。

「そこにチャレンジがあるのか?」

という視点に立てば、やろうとしていること自体が尊いことだったからなのかも…

「それリスペクトないじゃん!」

そもそも、ボクらはできないことだらけです。

「できないこと」は悪いことではありませんよね。

大切なのは「できないこと」を認めて「どうすればできるようになるか」考えること。

方法を考えたらチャレンジを繰り返してみる。

だから、「チャレンジしている自分は自分で褒めていい。」って伝えていました。

そして…

一人で「うんうん」と唸っていても限界があるので仲間たちの存在が大切なことも。

逆上がりにチャレンジしていた子は仲間に協力を求めました。

そんなチャレンジする彼女の姿に…

「お前、そんなこともできないのかよ。」なんて空気は微塵も感じませんでした。

もうすっかり秋を迎えてクラスの空気もできあがって来た頃です。

「どうして、こういう空気になっているのだろうか?」

それでも子どもたちが創ってきた世界は全くもって謎めいています。

ふと思い出したのが、こういった器械体操系の動作が苦手なある子の口癖。

「それリスペクトないじゃん!」

これ、その子の得意な算数の時間に良く聞かれた言葉です。

友だち同士のトラブルでも頻繁に使われていたことを思い出します。

お互いの気持ちを大切にして対話しながら考えていく。

そんなことを毎日のように繰り返して子どもたちに「リスペクト」が浸透していったのかも…

全ては「スマイル」のために…