湘南の海で考える子どもたちの成長とスポーツ

スポーツ

台風が遠ざかり猛暑が戻って来た丹沢・大山の麓。

午前中のオンラインカレッジを終えて、急ぎ茅ヶ崎の西浜へ。

「面白い人たちが集まりますから来ませんかー!」

とお誘いいただいたので行って来ました。

「めちゃくちゃ面白かった!」ということを先にお伝えしておきます。

やっぱり語り合うという時間は大切ですね。

「サッカーの現場で、学校教育の現場で、どうして大人たちは待てないのか?」

コーチや先生たちが、すぐに教えちゃう問題。

教えすぎると、子どもたちは自分の頭で考えることをやめてしまう。

「塩梅が難しいんだよなあ」

というような話も。

要するに料理でいうところの塩加減

かけ過ぎちゃえば食べられないし、全くかけないのも味気ない。

ちょうどいいところを見極めるためには、やっぱり観察が欠かせない。

極意は焼肉と一緒ですね(笑)

サッカーの現場であれ教育の現場であれ、いつでも、どこでも、だれもが実感しているはず。

ところがなかなか変われないんですよね。

子どもたちが成長する環境についての話が続きます。

「日本では”できるのが当然”みたいに始まるけれど、ドイツでは”できない”のは当然で始まる」

日本では減点法でドイツは加点法みたいな話です。

「できない」ことばかりに目が行くのは生物学上、ある程度は仕方のないらしいけど…

子どもだけでなく、誰かと関わるときには、まずポジティブな面を捉えることが重要ですよね。

「真夏のサッカー大会」「補欠のある日本のスポーツ」「日本の子どもたちは本当に幸せか」

その後も学び多き対話は続きます。

さらにまだまだ闇が深い、改善は水平線の向こう側にあるような問題についても対話。

サッカーとバレーボールの二刀流のボクは、どちらの世界も知っている。

まだまだ変われない日本のバレーボール界には憂いを抱くひとりです。

子どもたちのスポーツが大人たちの道具のように利用されている。

バレーボールの世界は闇が深いというのは、ボクも肌で感じてきたことであり…

最終的にはサッカーコーチを選んだのは、その影響もあるのです。

「日本の選手たちは幼い」

そんな一言に妙に納得させられるのでした。

あれこれ考えてみると、どうやら日本全体に「自立する力」が足りていないのではなかろうか。

子どもの頃から、スポーツと教育の現場、どこへ行っても「自立」と縁遠い。

コーチや先生が言うことを従順に聞く。

コーチや先生も教え与えることが仕事だと勘違いをしているまま。

結果として、どちらも深く考えることなく時間ばかりが過ぎていく。

このままでは、どんな分野でも衰退の一途を辿ることは必至。

「じゃあどうすんの?」

という質問をよく受けるわけですが…

「どうすればいいと思います?」

って逆質問して仲間を増やしています(笑)

「そんなことやってもムダじゃね?何にも変わらないでしょ」

と冷ややかに見ている人たちがいることも重々承知ですが…

「やがてオセロはパタリパタリとひっくり返ります」

そう話しながらやれることをやっていますから心配ご無用です。

「一人ひとりの物語を大切に、幸せな明日をつくる」

ハチドリのひとしずくでOK。

ボクにはこれしかできませんし…

茅ヶ崎西浜でサッカー談義
(写真提供)末本亮太さん

とても学び多き終戦記念日。

みなさん、ありがとうございました。

☆この辺りの話題、話したい方はご連絡くださいね!☆

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