週の始まり月曜日、何だか蒸し暑さを感じた丹沢・大山の麓。
朝から久しぶりにページをめくったのはこちらの本です。
先生たちや保護者の皆さん、そしてスポーツ指導者にも読んで欲しい。
人生で大切な知恵は幼稚園でも、どんな学校でも学ばないのです。それは、人生のものから学ぶのです。
「遊びが学びに欠かせないわけ – 自立した学び手を育てる -」P1
こんなことが冒頭に書かれていてハッとさせられるのです。
生まれてから一定の年齢になったら当たり前のように幼稚園や保育園へ通うようになる。
そこでいろんなことを教わって小学校へ入学して中学校、高等学校、大学へと続く。
もちろん、全ての人たちがこのようなルートを歩くわけではありません。
何でもかんでも「習う」とか「教わる」という状況が当たり前、それが現代の教育システム。
「子どもたちは未熟なので教え与えなければ何もできない」
そんな呪縛に囚われている大人たちは多いのではないでしょうか。
子どもたちも教えられることに慣れてしまっているような気がします。
だから勉強がつまらなくなる。
小学校1年生から45分もの時間を自席で過ごすのって簡単ではありません。
もともと知的好奇心に溢れている子どもたちの可能性を奪っている。
ほとんどの先生たちだって何か変だとは気づいていると思うのです。
違和感があるのに未だに以前のスタイルと踏襲してしまう教室。
「なぜ学ぶのか?」という問いかけに対して「自由になるため」という人もいる。
間違いではないとは思うけれど何かが足りない気もする。
もう何年も前からサッカー関係者と「PLAY」について語り合ってきた。
そこでも何だかサッカーが上手に見える子どもたちへの違和感がありました。
教わったことを忠実にできる子どもたちが起用される世界への違和感ともいえる。
「なんだか自分のプレーじゃないんだよね。その子自身の…」
世界を知るサッカー関係者たちは口を揃えます。
だからこそ日本サッカーは発展してきたともいえそうです。
「おいおい!サッカーの話?」
とお叱りを受けそうですが共通項ばかりなのです。
「PLAY」が大切にされている環境ではサッカーが大好きな子どもたちが育つ。
サッカーを教え過ぎる環境では、子どもたちから自由な発想は生まれません。
「遊び」が大切にされている環境では学ぶことが大好きな子どもたちが育ちます。
というよりも学ぶという感覚すらない子どもたちもいることでしょう。
究極は「遊んでいるうちに自然に身についた」というような感覚でしょうか。
「自分の人生は自分で決める」
そんなことにも繋がる「遊び」は学びに必要な大切な要素です。
実は自由進度学習のヒントもここにありますが今日はこの辺で。